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北京オリンピックも無事に経過し、しばらくサイトの点検をすることにした。リンク切れなど予想したとおり管理は大変だ。日本航空123便墜落事故の記事を点検した時、墜落地点の山の名前が違うことに気付いた。それで、どうして政府・マスコミはわざわざ別の山の名前を墜落場所に使うのか調べた。
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何故御巣鷹山になったのか
昔の地図も調べたが、「御巣鷹山」も「高天原山」もほとんど無名の山だった。結局、次のウィキペディアの説明が最も信頼できる。
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アポロ11号打ち上げ
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JAL123便の墜落地点は御巣鷹山のすぐ南の高天原山にある無名の尾根である。後に、この尾根は当時の上野村村長によって「御巣鷹の尾根」と命名されるが、実際は御巣鷹山に属する尾根ではない。
高天原は、天皇の祖先である神々の住むところであり、日本の伝統文化の中心をなす名前で、全国にこの地名は数ヶ所ある。何かを隠しているのはわかるのだが、わからない事が多すぎる。
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テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故
航空事故の規模でこの事故を上回る唯一の事故、「テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故」を調べてみた。2機のボーイング747型機は、グラン・カナリア島のラス・パルマス空港(地図①)に着陸予定だった。しかし、テロの予告電話があり、両機ともテネリフェ島の空港(地図②)に臨時着陸し、その後、相次いで離陸しようとした。ところが、霧の発生と交信の不手際から、両機は滑走路上で正面衝突する。
ところが、記事の末尾に日本赤軍の話があった。
この事故を起こしたKLM機の尾翼部分は1973年にリビアで日本赤軍とパレスチナゲリラに爆破された日本航空の機体の一部だった。
御巣鷹山に墜落したJAL123便も垂直尾翼の破壊が墜落の原因だった。偶然とは考えられない。尾翼の破壊で航空機が墜落する話は、この事故以外聞いたことがない。JAL123便は、油圧操縦システムに損傷が及び、昇降舵や補助翼の操舵が不可能になり墜落したと言われる。
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日本赤軍日航機ハイジャック事件
1973年7月20日、パレスチナ解放人民戦線(PFLP)と日本赤軍の混成部隊が、爆弾などの武器を持ちフランス、パリ発アムステルダム、アンカレジ経由東京行きの日本航空404便をハイジャックし、アラブ首長国連邦のドバイ国際空港へ着陸させた。犯人グループはドバイで、40億円の身代金を要求し、同機をリビアの空港に着陸させた。カッザーフィー大佐率いるリビア政府の黙認のもと、犯人グループは同機を爆破し、国外逃亡した。日本赤軍は今日でも英雄だ。京都大学の西部講堂には三ツ星が輝いている。
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7月20日は屈辱の日
4年前の1969年7月20日はアポロ11号が月面着陸した日で、1971年7月20日にはその勢いを借りてマクドナルド・ハンバーガーが日本に進出してきた。ハイジャックは米国に対する報復だった。ここまで来ると、一連の話はパロディにさえ思われる。
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7月20日「海の日」は痛烈なパロディー
日本は、1996年7月20日「海の日」を祝日に制定した。これは1969年7月20日アポロ11号が「静かの海」に着陸したのを皮肉ったものだ。明治天皇の東北地方巡幸や海の記念日の話はこじつけと見たほうがいい。なお、この祝日は2003年から7月第3月曜日に変更された。
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マドリード国際空港で発生したスパンエア機事故
これ以上書くと、話がうますぎて信用されないと思う。だが、「正直は最善の策」を信じて、事実を話す。この事件の連続に気がついたのは、8月20日昼過ぎだった。ネットで検索を開始し、知人にも電話で話した。夕食後うたた寝をしてしまい。午後11時すぎ目が覚めた。すると、このサイトに接続障害が発生していた。テレビを見ると、マドリード国際空港でスパンエア機が事故を起こしていた。何と、この旅客機の行き先はカナリア諸島ラスパルマス空港(地図①)だった。ネットの接続が回復したのは、21日午前3時だった。
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スペインと日本の共謀関係
日本は、第二次世界大戦中に、スペインに本格的なスパイ組織を置いた。スペインは今日こそ民主国家だと思われているが、フランコ将軍は独裁者だった。フランコの死後、その遺書により現在の政治形態が築かれた。北朝鮮が金正日の死後、その遺書に基づいて国家形態を変えるようなものだ。スペインの民主主義は日本と同じ、偽装民主主義だ。スペイン列車爆破事件でも明らかだ。
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御巣鷹山からちょうど20年後またもや事故
2005年8月12日、JALウェイズ58便が福岡空港離陸直後にエンジンから出火、部品の破片が市街地に散乱した。ちょうどこの日は、日本航空123便墜落事故が起こってから20年目にあたる日で、事故が発生したのは当日行われた御巣鷹山慰霊登山で当時の日本航空社長が「二度と事故を起さない」と挨拶をした直後だった。
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坂本九はハワイ真珠湾攻撃の直後に生まれていた。
最近、日本の政府陰謀に誕生日が多いことが判明、念のため調べると、真珠湾攻撃の日に最も近い誕生日は坂本九だった。1941年12月10日に生まれている。名前が、「九」というのも意味深だ。12月8日と12月10日の間を取って名付けた可能性が大きい。JAL123便に搭乗していたことは有名だが、この搭乗に至った経緯が怪しい。日本政府の陰謀による犠牲者には、常にわざとらしい話が付きまとう。
これを書き終えて気づいた。これまで、この事件が何故8月12日に起こされたのかわからなかったが、これで謎が解けた。真珠湾攻撃の日12月8日の語呂合わせだったのだ。もう漫画の国だ。
まだ続きがあった。坂本九のヒット曲に「上を向いて歩こう」という曲がある。この曲は1963年大流行した。だが、私は子供の時から、そのタイトルの不自然さが気になっていた。だが、坂本九が真珠湾攻撃を理由に選ばれたとすれば、この歌にも暗示するものがあるはずだ。すぐにわかった。アメリカ人に対して、「上を向いてゼロ戦を見よ。」と言っているのだ。恐れ入った。ここまで嫌味を考え付くのも日本人独特だ。日本では、レコードの売り上げのねつ造など政府が行えば何でも出来る。税金はチェックなしに無制限に使える。埋蔵金などという裏金もある。
この時期は、東京オリンピックを前に強力な国威発揚が行われた時期だ。日本の勝ちを国民にアピールしたかったのだろう。間もなく、ケネディ大統領暗殺事件が起こる。
この話には本当に吐き気を催す。だが、目をそむけずに現状を理解して欲しい。
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暗号名はマリコ(2009年3月16日追記)
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評論家柳田邦男の評論は仕組まれていた。私は、得意満面でこの事件を評論する柳田氏の顔を今でも覚えている。この人にも新たな事実が出てきた。疑惑は確信に変わった。
金賢姫を調べている時、マリコ・テラサキ・ミラーの関連サイトに出くわした。柳田邦男はドキュメンタリー小説『マリコ』を執筆した。
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外交官・寺崎英成の家族の写真
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「マリコ」は、真珠湾攻撃の日本軍の暗号文に使われた。日本人外交官寺崎英成とアメリカ人女性の間に生まれたマリコは、戦時中戦後を通じて日本社会から迫害を受け、父を残して母グエンとともに米国に渡る。1957年、グエンが出版した「太陽に架ける橋」がアメリカでベストセラーとなる。以後、マリコさんは、平和活動を続ける。
1981年、NHKはドキュメンタリー・ドラマ「マリコ」を放送した。そして、日航機が墜落する時間の直後このドラマは再放送される予定だった。そして、そのドラマは中止され、原作者の柳田邦男が墜落事故の解説を始めた。ここまで露骨な挑発がよくぞ出来るものだ。
結局、日航機墜落事故は、「マリコ」に対するあてつけだった。いや、少なくとも事件の中に、あてつけは含まれていた。それだけではない。「マリコ」という女性は、ソ連のスパイの中にもいた。
不思議なことだが、この国家の陰謀を調査すると同じ人物が繰り返し現れることが多い。柳田邦男は、昭和20年9月原爆投下後の広島を襲った台風第16号に対する気象庁の不十分な対応に関する本「空白の天気図」を執筆しているが、題目が何ともいかがわしい。台風の被害を本の題材にすること自体奇妙であり、国民の興味をそらすための政府の情報活動の一環と考えるとつじつまが合う。
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もうハイジャッカーはいらない
戦後60年を経過し、すでに世界中にテロリストが正規のパイロットとして働いている。政府や企業の要人にもその仲間がいる。親の仕事を引き継いだ者もいれば、単に金で買収された者もいる。空港で所持品検査をしても乗客の安全は保障されない。最近の日本の航空機事故は不審な事例が多い。頭のよさそうな子供に国家が多額の資金と権力で援助すれば、誰でもパイロットになれる。
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