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日本の陰謀(2) 5項


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88  東京オリンピックは何故10月10日だったのか。 2008/7/4
89  テレサ・テン 2008/7/15
90  大分県いじめについて 2008/7/23
91  日本の目標は世界支配 2008/7/23
91-2  戦争の目的は民族浄化 2008/7/27
91-3  究極の民族浄化(原子爆弾) 2008/8/1
92  オリンピックと日本の陰謀 2008/8/7
93  硫黄島の金メダリスト 2008/8/11
94  南オセチア紛争はロシア・フランスの嫌がらせ 2008/8/13
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  2008/7/4  #142

日本の陰謀 (88)

東京オリンピックは何故10月10日だったのか。

私は以前から東京オリンピックの10月10日開催日に懐疑的だった。まず、10月10日が晴れるという実感がなかった。しかし、天気を理由にこの日が選ばれたという話は繰り返し聞かされた。合理的だと思った。だが残念なことに最近のマスコミは平気で嘘をつく

昨今の天気テロを目の当たりにして、これも疑わざるを得ない。調べてみた。結構な労力だ。結果は、天気とは全く関係なかった。このページを作ろうとウィキペディアの当該サイトを見て驚いた。私のコメントはすでに述べてあった。さすがだと思った。ここでは、私の意見を述べてみる。


本当の理由は何だったのか

では、何故政府は嘘をつかねばならなかったのか。しかも、この嘘には明らかな隠蔽工作がある。10月10日に雨が少なくなったのは、オリンピックの直前と、オリンピック後の30年で、ほとぼりが冷めると、また雨が降り出している。空に意思があるはずがない。人間が操作しているのだ。このような些細なことまで操作する自衛隊と気象庁だ。他に何をしているか想像もつかない。

一応、調べてみた。すると10月10日は、朝鮮労働党記念日だった。驚いた。いろいろ調べたが、これしか該当がない。またもや北朝鮮だ。いやになる。西日本新聞 ウィキペディア

では、オリンピックの時、北朝鮮は何をしていたのか

驚いた。開会式の前日まで北朝鮮の選手団は東京にいて、オリンピックに出場する予定だった。もちろん日本政府もそのつもりだった。だが、国際競技連盟が最後まで認めなかった。

北朝鮮労働党は何故結党の日を10月10日に選んだのか。

極東方面の歴史で10月10日を調べた。すると、日本銀行開業記念日だった今日でも記念行事はあるようだ。もう驚かない。北朝鮮には必ず日銀が関連してくる。一体どうなっているのだ。ここまでくると、特ダネにもならない。オウムと日銀 新銀行東京

気象テロリズム   降水量データは気象庁過去の気象データ検索による。

菅直人は、朝鮮労働党創設一周年記念日に生まれた

これまで私は、菅直人は東條英機の三代目だと思ってきたが、これには驚いた。北朝鮮は、菅直人を激しく非難するが、これも日本得意のカムフラージュ戦術だった(オウム真理教と公安)。

金正日は2008年8月脳卒中で倒れた。 (2009年4月10日追記)

現在、多くのマスコミで、金正日は半身不随になったと報道される。このサイトの情報が原因かどうかはわからない。私は、日本政府を非難しているのであり、日本の不法行為に協力しないことを期待するのみだ。

参照 スターリンとリンゴ・スター 誕生日で選ばれる悲しい人々 オリンピックと日本の陰謀 オリンピックと戦争・災害・事件

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  2008/7/15  #143

日本の陰謀 (89)

テレサ・テン

私は、世界で国家規模で陰謀を行うのは日本だけだと思っていた。これまでの調査の中でしばしばフランスが登場することに気づき、フランスの共謀は指摘した。だが、フランスの単独陰謀の容疑が浮かび上がった。フランスには、対外保安総局(DGSE)という特務機関がある。日本の公安警察と似て、情報がほとんど公開されない。日本同様仮説を立てる。気付いた事例から順不同に取り上げる。

日本流「
ほめ殺し

テレサ・テンは1953年に台湾の雲林県で生まれた外省人。早くも11才の時、歌手コンクールで賞を得ている。その後台湾で人気を高める。日本では1973年に日本ポリドールと契約、1974年には、「空港」で日本レコード大賞新人賞を受賞した(時の流れに身をまかせ)。

何も知らずに あなたは言ったわ
たまにはひとりの 旅もいいよと
雨の空港 デッキにただずみ
手をふるあなた 見えなくなるわ
どうぞ帰って あの人のもとへ
私はひとり去つて行く ・・・・・・・・・・・・・

しかし、1979年、日本入国の際にインドネシアの偽造パスポートを使用したことが発覚し、国外退去処分となる。まるで、「空港」を地で行ったような筋書きだ。こういった嫌がらせは、日本社会ではありふれたものだ。私も多くの経験がある。

テレサ・テンには、「入国手続きは根回ししてあるから心配いらない。」と説得して違法行為の自覚を持たせず、事件が明らかになると、一切の弁解を受け付けない。それどころか、必要以上に誇張した報道を行ったのだろう。

フランス人の男は、テレサ・テンの死にかかわっている。

私はテレサ・テンの死亡を聞いた時から、同伴していたフランス人の男を漠然と疑っていた。今回調べてみて、当然だと思った。ネット上でもいろいろ取り上げているが、日本語で詳しく取り上げるサイトをひとつ紹介する。このサイトがどのようにして情報を集めたのか、どういった意図で情報を公開したのか、信憑性はどうなのか、若干の疑問はあるが、情報の中には重要な事案が含まれることもあり、一読に値する。私は、このシナリオを読んで、日本国内の公安警察の率いる集団ストーカーの嫌がらせと酷似する点が多々あるので、少しまとめてみる。

囲い込み

これは上に述べた「ほめ殺し」と基本構造は同じだが、複数の集団がかかわり、しかもその集団は縦割りの指揮系統で管理される。グループとして明確な影響力を長期にわたって個人に及ぼし、社会への反感・不信を助長し、社会からの孤立を促進させる。普通、数年がかりで行われる。非常に巧妙であり、ターゲットにされた当の本人も最後まで認識できない場合が多い。しかも、組織的陰謀とは知らず、自分の無力を嘆いたり、特定の個人と争ったり、憎んだりすることで、物理的、金銭的、心理的な負担を強いられる。

日本では、未成年者に対してよく行われる。例えば、ターゲットの家族に成績優秀な子供がいた場合、受験勉強の年齢に達すると、野球チームなどが近づき、徹底的に持ち上げ、ヒーローにされる。当人は、当然勉強しなくなり、受験に失敗する。時に、商工会議所や警察なとがキャンペーンを行い、わざわざ表彰する。もちろん学校もグルだ。受験に失敗し、コースから外れると、突然村八分が始まる。当人の大事な親友は疎遠になっており、もはや通常の人間関係は作れない。日本のマスコミが報道する「いじめ問題」は、ほとんどでっち上げで、実際のいじめは、このように巧妙で、多くの金と人間が投入され、大きな効果を上げている。

テレサ・テンをパリに引っ張り込んだ「民主中国陣線」(FDC)は、まさにこの「囲い込み」戦術に沿った犯罪組織の行動だと見ることができる。この本部はパリだ。中国とフランスは歴史的なつながりはない。

離間工作

離間工作とは、仲のいい個人や集団に楔を打ち込み仲たがいさせることだ。戦術はきわめて簡単だ。わかりやすい事例で説明する。

ある夫婦を離婚に追い込む計画が練られる。盗聴・尾行などの情報収集は完璧に行う。地域の警察のトップには政治家を買収して仲間を配置する。そのトップは仲間を数人、この夫婦の地域に張り付ける。もちろん地域の医者、救急車の職員も政治力と金で仲間を配置する。場合によっては億円単位の資金が費消される。

具体的には、妻が一人になった時、かわいい女性の声で電話をかけ、完璧に疑うような会話をする。マニュアルがある。夫にも逆のことをする。うわさもばらまく。こういった場合、夫婦は喧嘩を始めるか、興信所などに調査を依頼する。飛んで火に入る夏の虫だ。興信所も根回ししてある。興信所はうその調査結果で夫婦の不和をあおる。金と脅しでどうにでもなる。頑固な探偵などは交通事故で始末されることもある。だが、因果関係が複雑で、犯罪が表面化することはない。事故調査の警察も仲間だからだ。

テレサ・テンに対する離間工作は、彼女の最も信頼していた、台湾、中国および英国政府に関して行われた。これらの国のスパイを装って尾行や痛がらせを繰り返す。これで彼女は混乱した。米国では、日本が特定の有名人に嫌がらせを行うとき、CIAや、FBIなどを装って嫌がらせを行う。

チェンマイ

テレサ・テンが最期の地をチェンマイに選んだことには誰しも違和感があったはずだ。チェンマイは、日本の海外工作活動の拠点だと言っていい。ミャンマーの軍事政権や中国との国境も近く、また世界の注目度も低い。日本人も結構多く住んでいる。

ステファン・ピュエール

このフランス人の男はテレサ・テンの恋人だと言われるが、実際は、フランスか日本に雇われた(もちろん間接的にだが)特務機関員だ。国家組織が一人の女性に特定の男をつかせることなど、いとも簡単だ。「媚薬」と呼ばれるものがある。こういった薬物も使われる。テレサ・テンでは、大麻が引き合いに出されているが、これはカムフラージュだ。実際は想像もつかない薬品が使われる。しかも、この研究は日本が最先端だ。日本は、日中戦争で大量の中国人に生体実験を行った。当然、媚薬の実験も行われ、秘密の薬品の処方箋がある。日本は、終戦時、この一部の資料を米軍に引き渡すことで、戦犯起訴を免れた731部隊は戦後、ミドリ十字で薬害エイズを引き起こす。日本政府にとってこれらの人間は英雄だ。

結論

テレサ・テンは上に述べた「ほめ殺し」「離間工作」「囲い込み」で巧みにチェンマイのホテルまで連れてこられた。救急車の職員、検視の医師、ホテルの関係者はすべて組織の人間たちだ。日本やフランスはこういった人間を大量に使って世界に配置している。

最後の場面は、特務機関員グループの陰謀がはっきり現れる。目撃証言はうそである場合が多い。遺体の証言も大方うそだ。実際の犯罪は、想像を超える。だからこそ、完全犯罪なのだ。

最後の頃テレサ・テンは、ホテルの外では頻繁に嫌がらせを受け、引きこもりになった。当然だろう、同居のステファンが、外部の人間と連絡を取り合っていたからだ。日本での集団ストーカーでも常套手段だ。薬を調合した医師もグルで、的外れな薬を与えていたから、健康が回復するはずもない。しかも、徐々に体調を悪化させるシナリオも日本独特だ。念が入っている。突然死は具合が悪い。陰謀の疑いが増すからだ。それで時間をかけて健康を悪化させ、病死しても疑われないような状況を作った。さらに、死ぬ前に一度二度大きな発作を起こし、死期が近づいたことを印象付ける。これも日本の集団ストーカーの行動パターンと酷似する。私の地域にも、公安の手配した医師は数多い。私の母も父も病院で息を引き取ったが、入院の経緯や看護婦の挙動に不審な点が多く、今日、その病院がまるごと公安の手先だったことを確信している。

ジャック・シラクへのプレゼントだった

いつものことだが、必ず日付に答えがある。今回は、テレサ・テンの死は、ジャック・シラクの大統領選挙勝利へのプレゼントだった。日仏関係は特別だ。

大統領選挙勝利確定は1995年5月7日、テレサ・テンの死亡は5月8日だ。時差を考慮すると、選挙結果を確認後に毒が盛られたと考えていい。

ジャック・シラクには日本から、もうひとつのプレゼントがあった。日本はこの年、落語家の立川志らくを真打に昇進させた。志らくは立川談志の一門だが、立川談志は元国会議員、元沖縄開発庁政務次官であり、政治に深くかかわっている。上納金制度など、非民主的な制度にこだわる。

こういった執拗な嫌がらせや不透明な意図は、日本の陰謀の典型だ。だが、経済的・政治的利益を深く検討すると、そのねらいがはっきりと見えてくる。外務省や警察・自衛隊が国民や外国人を見くびる気持ちはよくわかる。

1894年6月24日に予定されたテレサ・テンの日本でのコンサートは、天安門事件を理由に中止された。だが、この日美空ひばりは死亡した。ここでもシラクの関与がうかがえる。

天安門事件フランス革命の中国版だったが失敗した

米中接近、英国の香港円満返還が許せない日仏は、1989年、フランス革命200周年記念日を目指して中国革命(天安門事件)を画策した。マスコミも大量動員した。おかげで、デタラメな報道がいまでもまかり通っている。中国政府は事の重大性を察知し、7月14日が到来する前の6月4日に軍を投入、鎮圧した。今日、フランスの目に余るテロ支援を考慮すると、賢明な判断だった。フランスがテレサ・テンにこだわるのはここに原点がある。

似たような事例はいくらでもある

ストーカー規制法違反の疑いで逮捕された宇都宮地裁判事下山芳晴は、何と、ストーカー規制法成立の契機となった桶川事件の公判を担当した裁判官だった。マッチ・ポンプここまで来ると言葉がない

ジョン・F・ケネディ大統領ロバート・ケネディ上院議員の暗殺事件、マリリン・モンローの自殺事件の検死は、日本人野口恒富が行った。

今回は台風まで用意した

このページは7月15日に作成を開始した。昨年、
台風の直撃を二回連続くらったので、今年は台風が来ないことを喜んでいた。だが、ふと気がつくと、台風7号は台湾に上陸した。テレサ・テンの故郷の雲林県をかすめた。しかも微妙にスピードと向きを調整している。発生したのは7月15日で私のページ作成と同時刻だ(このページをアップ・ロードしたのは、18日午前5時)。今まで全く気付かなかった。日本の陰謀は巧妙だ。被害者が最後まで気付かないことが多い。だが、私にこういったことを書かせて何が面白いのだろうか。世界が日本を恐れて、日本の言うことを聞くと思っているのだろうか。私の知る限り、日本の自衛隊の台風誘導は極めて正確だ。雲林県をどうして直撃しなかったのか不思議だった。午後になって、やっとわかった。自衛隊は、テレサ・テンの眠る墓地を狙ったのだ。確かに台北県にある金寶山墓園を直撃している。ひどい事をする。

ちなみに、私のネット環境は完全にモニターされている。NTTまたは、プロバイダーに専従者がいる。24時間体制のようだ。私は、このページ作成のほとんどをネット検索による情報収集に頼っている。それゆえ、ページをアップロードする前から台風を発生させ準備したのだろう。台風の速度が遅かったのは、私がテレサ・テンについて事前に十分な知識がなく、情報の整理に戸惑ったため、台風の上陸時間を調整する必要が生じたのだろう。再度鹿児島に上陸しないことを祈る。

上図は台湾の台北県

左図は台風7号の進路
この話には終わりが見えない

本当にいい加減にして欲しい。考えすぎかも知れないが、またもやタイムリーなテロだ。中国の昆明市でバス連続爆破事件が発生、2人死亡した中国雲南省の省都昆明市は大都市(人口578万人)だ。テレサ・テンの最後の地チェンマイから中国への入り口にあたる。

日本の狙いは、中国のオリンピック観戦に行く日本人の観光客の数を減らしたいのだろう。こんなことで国際親善ができるのか。

台風二発目

日本は、ダブルパンチ攻撃が得意のようだ。10日前の台風7号とほとんど同じコースで台風8号が台湾を襲った

過去のダブルパンチ

ビートルズ台風

9.11テロ台風

鹿児島に対する台風


台風三発目

台風13号

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  2008/7/23  #144

日本の陰謀 (90)

大分県いじめについて

いつもの事だが、毎日のように「でっち上げ報道」が繰り返される。最近は、私のサイトに対して、先手を打ってニュースをでっち上げ喜んでいるようだ。あまりに度が過ぎるので黙認するわけにはいかない。こちらも情報を発信することにした。現在、大分県の歴史で重大な政府の陰謀を編集中だ。期待していただきたい。政府に対しては、インターネットの盗聴とでっち上げニュースを一刻も早く中止するよう要求する。日本という国がますます崩壊するだけだ。おそらく、崩壊することもシナリオのひとつなのだろう。

大分県教委幹部


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  2008/7/23  #145

日本の陰謀 (91)

日本の目標は世界支配


日本にとって世界支配は究極の目的だ。しかし、その道のりは険しい。第一の峠は、「民族浄化」だ。日本民族は単一民族だ。だが、もともと日本民族は単一民族ではない。これは明治以来の民族浄化の成功のおかげだ。そして、現在でも日本政府の民族浄化は進行形だ。

民族浄化

1.遺伝的、家系的に批判的性格を有する国民
2.劣勢な遺伝を有する者、障害者、血友病などの遺伝的体質の保有者
3.外国人の遺伝子を有する者

これらの人間は浄化の対象だ。平和な民主主義社会でもゆるやかな民族浄化は可能だ。しかし、戦争により最も効率のいい浄化が可能となる。日本は過去にかなり成功してきた。それゆえ、今後も戦争を突破口に民族浄化の促進を狙う者たちも多い。ここに、日本の軍国主義がある。

本音と建前

そうすると、日本政府は世界支配という目標のために一致団結しているように見えるが、真実はそうではない。日本の姿が見えないのはここにある。「世界支配」という名のもと、政府内部では公然と「陰謀」がまかり通る。政府内部の組織の本当の狙いは税金の横領なのだ。これを未来永劫に続けるために「世界支配」という合言葉が作られ、「陰謀」が実行され、ドサクサにまぎれて巨額の資金が横領される。

最大の敵は「負け組」の国民

「支配」という言葉の背後には「被支配者」の存在が絶対要件となる。全員が支配者になっては意味がないのだ。そのため、国内において負け組は絶対に必要であり、しかも、その負け組は「絶対服従する負け組」でなくてはならない。江戸時代の「百姓は生かさず殺さず」という合言葉は、日本政府の「負け組」に対する姿勢をよく表す。百姓は無意味な存在だが、百姓なしに武士は生きられない。

民主主義の腐敗は独裁の腐敗よりも邪悪だ

日本は民主主義のありがたさをよく知っている。議会制のもと完全に国民が一枚岩となった時、その国は恐ろしい力を発揮する。外国は無力をさらけ出す。これが独裁国家であれば、あらゆる制裁で封じ込めることはできる。だが、真実はともあれ、表面上民主主義であれば、手の打ちようがない。ここに日本の狙いがある。ある評論家が言った、「腐敗した民主主義は、独裁国家よりも手に負えない。」と。

10兆円の賄賂も氷山の一角

OECDの調査では、莫大な賄賂が横行している。

それでも、毎年、全世界で推計1000億ドルが賄賂として支払われている。比較のために示せば、この額はニュージーランドのGDPの2倍近くに相当する。しかもそれは、おそらくは氷山の一角にすぎない。

困ったことに、単純な賄賂は最も効率が悪い。最も効率のいい賄賂がテロリストなのだ。競争相手の企業を出し抜くには、莫大な労力と賄賂が必要だ。発覚すると、警察に捕まる危険もある。それに比べると、テロリストと爆弾1個で、相手の工場を焼き尽くし、経営を破綻させることができる。

 日本の陰謀 (91-2) ⇒トップ ⇒索引 ⇒ページトップ
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  2008/7/27  #146

日本の陰謀 (91-2)

戦争の目的は民族浄化


まさかこのような結論が出るとは予想もしなかった。陰謀論は非常に巧妙であり、解説は長くなる。ここでは、短刀直入に核心に言及する。ここで述べる民族浄化は、他民族の浄化ではない。日本民族そのものの浄化だ。

疑惑のきっかけ

阪神大震災のあと、野党の国会議員が、「不思議なことに、その日神戸で数人の野党議員が地震に巻き込まれたが、自民党議員は一人もいなかった。」と発言した。


対 馬 丸
私は、地震予知が出来るのだろうかと疑った。しかし、その直後、新たな疑惑が起こった。阪神大震災のあと地震予知の機運が高まったが、日本地震学会は地震予知研究を無視した。私は、「地震の予知は誤ると大きな失態だが、その情報は特定の団体だけに知らせれば大きなメリットとなる。政治的求心力を高めることも可能だ。」と思った。

地震予知ではなく人工地震だった

ところが、過去の地震を見ると、明らかに地震がタイムリーに起こっていた。これは予知では説明出来ない。人工地震を確信した。その後の調査で災害の多くに日本の陰謀が関連していることが判明した。権力者、特に政治家の動きは重要だ。

対馬丸事件

先日、対馬丸事件の沖縄人生存者の証言をテレビ番組で聞き、日本の民族浄化を確信した。

ある高齢の老人が言った。「対馬丸が沈没した時、小学生の自分は甲板上に留まっていた。海上には多くの投げ出された人が漂っていた。ところが、陸軍の兵隊が子供たちをつかみ上げて海に放り投げ始めた。・・・・自分は命からがら助かったが、陸軍の兵士から絶対に他言しないよう脅され、結婚したあとも今日まで妻にも言わないできた。・・・」

恐ろしい話だった。だが、米国のテレビ番組では、「対馬丸が急に多様な電波を発信し始め、自ら潜水艦に居場所を教えているように思われた。ありえない事だった。」という話があった。私は疑惑を深めた。

大爆発と台風の来襲

日本の船舶が疑惑の中で沈没する時、大爆発が起こる。対馬丸が大量の爆薬を積載することはありえなかった。戦前から日本政府は人工台風で国民を苦しめた

魚雷命中から11分後、対馬丸は大爆発を起こして沈没。爆発の原因は、機関部に魚雷が命中したため、と言われている。船の爆風で救命ボートが転覆し、生存者は台風襲来の中、筏で漂流しながら救出を待つことになった。風雨、三角波、サメ、眠気、真水への渇望、錯覚等、漂流はこれらとの戦いでもあった。

 日本の陰謀 (91-3) ⇒トップ ⇒索引 ⇒ページトップ
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  2008/8/1  #147

日本の陰謀 (91-3)

究極の民族浄化

戦争の目的が日本民族の浄化であることが徐々に明らかになってきた。その実証は極端から行うのが説得力があると思った。極端は、もちろん原子爆弾だった。予備知識は全くなかった。実務的に調査しただけだった。だが結果は底なし沼だった。話は複雑であり、ここでは、出来る限り要約する。

日本は2年前から原爆投下(広島)の準備を行った

もし、日本の民族浄化が事実であれば、原爆投下と政治家の動きに何かの関連があると思った。最も確実な政治家は市長だ。それで当事の広島市長を調べた。すぐに恐ろしい事実が現れた。

原爆投下時の広島市長は粟屋仙吉だった。粟屋氏は、大本営から最も憎まれていた男で、大分県知事までなったが、事実上自宅軟禁におかれた。ところが、1943年、当事の大蔵大臣賀屋興宣の懇請により広島市長となった。この賀屋興宣はA級戦犯で、大蔵省「七夕会」を作った男だ。この男の性格からして、何の目的で県知事までなった男に広島市長就任を口説きに行ったかは説明の必要もない。時間がなくて他の事例は調査していないが、これも氷山の一角だ。

私は一月前、粟屋氏の事件を知り、この原稿の編集を始めた。すると、突然大分県いじめが始まった。私のネット環境は完全にモニターされており、今回が初めてではない。あまりに度が過ぎるので一言述べておく。

県知事は1945年4月に就任した大塚惟精で、2ヶ月で初代中国地方総監に就任、被爆死した。中国地方総監などという役職を急遽設置したのは不自然だ。知事と市長二人が爆死することは喜ばしいが、事後処理に支障が出る。それで、知事の事務引継ぎのため、原爆投下まで次の知事を補佐させたと考えるべきだ。6月に就任した次の知事高野源進は何故か被爆を免れ、事後処理に活躍した。

死んで欲しい人間は市長や知事だけではなかった。大本営にも大勢いた。1945年4月第2総軍が設立されその司令部が広島市に置かれた。総司令官の畑俊六元帥は、A級戦犯の被疑者として逮捕されたが、その温厚な人柄と戦犯の濡れ衣は明らかだった。この第2総軍も大本営の邪魔者を集めた組織と考えていい。見事なまでの準備よさだ。幸か不幸か畑氏は生き残った。

日本は米国のマンハッタン計画を熟知していた

原爆製造が具体化するのは1943年からで、広島市長の就任要請と期せずして一致する。日本は米国内にもスパイ網を構築していたが、米国外でも情報は十分得られた。スペインの東機関(とうきかん)などはそのいい例だ。

アメリカによる1942年夏以降の南太平洋での反攻作戦や原爆開発計画(マンハッタン計画)など、貴重な軍事情報を収集する成果をあげる。中には教会の神父に化け兵士の懺悔から軍事情報を聞き出すという離れ業を行うスパイもいた。

米国の司令官の中にも容疑者がいた。

私は、たまたまスカパーの番組で映画「潜水艦ろ号未だ浮上せず」を見た。ほんの2、3分だったが、思わぬ会話が耳に飛び込んだ。

「艦長、現在原子爆弾を積んだインディアナポリスを追跡中であります。」

フィクションとはわかっていたが、日本のフィクションには結構事実の暴露がある。調べてみて驚いた。日本は、重巡洋艦インディアナポリスが原子爆弾を運んでいたことを知っていた。しかも原子爆弾がテニアン島に陸揚げされる7月26日まで潜水艦による攻撃は行わず、その4日後に伊号第五八潜水艦が魚雷攻撃でインディアナポリスを撃沈した。この時、インディアナポリス艦長チャールズ・B・マクベイ3世は戦場では常識のジグザグ運動を指示せず、日本の潜水艦に完璧な魚雷攻撃を許した。

この艦長は軍法会議で有罪となったが、後日自殺した。親子とも司令官で、幼少の頃から日本との接点は多い。この点では、マッカーサー将軍も同じであり、戦中、戦後の疑惑は多い。後日述べる。

ここでも、日本は原爆投下を予定していた。

米国は、威嚇で十分だと思っていた

米国の原爆投下のシナリオには疑問が多い。まず、米国人の常識として、威嚇なしに無抵抗の相手をピストルで射殺する警官はいない。まずは、威嚇射撃だ。それと、粘り強い説得だ。当事、日米間には平常時と同じ交渉手段があった

阿波丸事件では、撃沈直後より戦時国際法違反として日本は抗議、アメリカ側もこれを受け入れ責任を認めた上で、賠償問題については戦時であり直ちに交渉することは困難であるとし、終戦後に改めて交渉を行なうことを提案した。

当然に、原爆投下までぎりぎりの交渉が行われたはずだ。米国は、責任を逃れるために、日本側に原爆の投下地点を選ばせた。そして日時も通告した。だが、日本政府は、「国民には言えない。聞かなかったことにしてくれ。」と言っただろう。日本にとっては、国民の邪魔者の命と引き換えに生体実験が出来るわけだ。もちろん、人事、業務などを通じて、巧妙に人間が移動された。被爆者は、「民族浄化」の犠牲者だった。

アメリカ軍はパンプキン爆弾を日本の30都市に50発投下したが、これは訓練であり、警告ではなかった。

8月6日は靖国神社の創建日

1869年8月6日、戊辰戦争での朝廷方戦死者を慰霊するため、大村益次郎の献策により靖国神社が創建された。当時の名称は「東京招魂社」(とうきょうしょうこんしゃ)だった。 これは単なる偶然ではあるまい。米国が配慮したとも考えられない。当然日本が交渉の中で巧みに演出し、米国は日本の要望を聞き入れたのだ。このような神社の存在意義はもはやない。日本政府は、正確な情報開示で釈明する必要がある。さもないと、日本は未来永劫にインチキ国家という烙印を押されることになる。

世界で唯一の被爆国ではなく、唯一の原爆生体実験国だった

被爆者の治療は日本が独占し、米国占領軍は治療に従事できなかった。表面上の資料は渡されたが、重要な医療データは依然日本が独占している。

原爆傷害調査委員会(ABCC)は調査が目的の機関であるため、被爆者の治療には一切あたることはなかった。

計画通り、台風で後片付けを行った

1945年9月17日台風16号が日本を襲った。日本というより、沖縄、長崎そして広島を襲ったと言うべきだ。それにもかかわらず日本政府は、「枕崎台風」という無意味な名前を付けた。何故なら、枕崎は毎年のように台風が通過する地域で、名前は台風の特定に役立たない。政府が、こういった不適切な命名をする場合、何かを隠していると考えるべきだ。もちろん、故意に超大型台風に廃墟の三地域を襲わせたのだ。広島県では死者・行方不明者は2000人を超えた。長崎と沖縄は混乱のため正確な被害はわからない。

この台風は人工台風に間違いない。その発生は、東條英機逮捕の日9月11日の翌日だった。



ハリケーン・カトリーナと同じ進路だ

人工台風で確実に標的を射る時、進入経路を真北にとる。この進路図を見た時、すぐに、米国のハリケーン・カトリーナを思い出した。台風16号は真北に進路を取り沖縄に上陸、ハリケーン・カトリーナは真北に進路を取りニューオリンズを直撃した。ハリケーンは最近都市部を襲う

長崎も同じだった

3日後の長崎原爆投下は第一目標の小倉爆撃に失敗したため長崎に切り替えたと米軍は説明するが、長崎の爆心地の現場を訪れると、原爆投下が長崎の中心部からそれたとはいえ、浦上地区の盆地の的を射ていることに変わりはない。正確な爆撃だったと考えていい。

当時の長崎の政治家の動静はほとんど情報がない。唯一特定できる情報は次のものだった。

長崎市長岡田寿吉は原爆投下時市役所にいて助かったが、家族を失った。1949年自宅を出てから消息を断ち、1956年山林の中で、白骨死体となって発見された。

長崎は、政治家より捕虜・囚人の浄化だった。原爆は、ほぼ長崎刑務所の上空で爆発した。もちろん刑務所の囚人は全員即死だ。これまで、刑務所には外国人はいなかったことになっていたが、日本政府は先月突然外国人がいたことを暴露した。これもどこまで真実か信用できない。長崎市内には他に捕虜を収容する施設があり、連合軍兵士(主に英軍・蘭軍兵士)の死傷者も大勢出た(オランダとの戦争)。

多くの外国人が被爆したが、中でも倉場富三郎の最後は悲惨だった。日本を愛し、戦後の日本の復興に大きく貢献することが約束されていた男が自殺して、全財産を寄付することなどあり得ない。私は、倉場氏の書物を図書館で読んだが、どれほど日本を愛していたかよくわかる。ただ、それまでのいきさつから軍部は倉場氏を自由にさせるわけにいかなかった。私は陰謀と見る。

しかし第二次大戦中、スパイの容疑をかけられ、造船所が見えるグラバー邸を明け渡すよう強制される。そんななか同じ混血の境遇に生まれた妻ワカが急死。やがて長崎に原爆が落とされ、絶望のなか終戦を迎えた富三郎は、その11日後に自ら命を絶った。遺言には、街の復興のために莫大な金額を長崎市に寄付するよう記されていた。

結局、長崎ではキリスト教徒が多い浦上が被災し、長崎の中心街に爆発による直接被害がなかった。日本に好都合な原爆投下だった。刑務所が浦上天主堂の近くにあったのも偶然とは言いがたい。

原爆補償は口止め料

日本には、日本原水爆被害者団体協議会などの被爆者団体があり、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律などを根拠に税金が投入されるが、私には、どれだけの人に、どれだけの税金が投入されているのか全くわからない。私は、社会福祉を受ける人は100パーセント受給金額を公開すべきだと考える。個人のプライバシーを主張する人には、受給する資格はない。何故なら、私は規定に基づいて税金を受給することは「恥」ではなく、「権利」だと信ずる。権利の裏には必ず義務が生ずる。

日本には、通常の焼夷弾などで死傷した多くの国民がいる。これらの被害者と原爆の被害者のどこに違いがあるのか。あるのは、「民族浄化」の動機だけだ。

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  2008/8/7  #148

日本の陰謀 (92)

オリンピックと日本の陰謀


オリンピックに関する日本の陰謀については、すでにメダルの買収気象操作などを述べてきた。だが、日本の陰謀は果てしない。日本政府は国民に知られたくない事をオリンピックにぶつける。

東京オリンピックの開催前の特筆すべき事件

1963年
11月22日ケネディ大統領暗殺日米衛星放送開幕の日) 
12月8日力道山殺傷事件ハワイ真珠湾攻撃の日) 


ソ連ボスホート1号

※ 力道山と言えば、米国出身の覆面プロレスラー、ザ・デストロイヤーが思い出される。日本人の多くは知らないが、英語でデストロイヤーと言えば、「駆逐艦」を意味し、これを北朝鮮出身の力道山が「足4の字固め」で押さえるシーンは人気を博した。だが、実は、これは、朝鮮戦争の北朝鮮軍が米国海軍の駆逐艦をやっつけるパロディだった。

1964年
3月21日ライシャワー大使、日本人少年に刺される。日本の病院での輸血が元で肝炎に罹る。
      死ぬまで苦しむことになる。( 硫黄島玉砕の日:大本営発表)
3月27日アラスカ地震(硫黄島栗林中将玉砕の翌日)

これほど露骨な嫌がらせを行えば、当然にオリンピック・ボイコットという声が上がってくる。日本は、それを期待した。米国不参加という不名誉があっても、歴史には数字しか残らない。東京オリンピックの最多金メダルを手にしたかった日本は、何でもやった。だが、知ってか知らずか米国は挑発に乗ってこなかった。日本は読み違えたのかもしれない。オリンピックに地震はつきものだ

東京オリンピックの開催期間中の特筆すべき事件

1964年
10月10日オリンピック開会式 
10月12日ソ連が、宇宙飛行士3人を乗せたボスホート1号
       打ち上げた。
10月14日ソ連フルシチョフ首相解任
       キング牧師の史上最年少ノーベル平和賞受賞決定
10月16日中国核実験

これらの事件の連続性は異様だ。ウィキペディアもそれに着目し、コメントしている。一応肯定的な論評だ。だが、別の観点から見ると、日本の陰謀がくっきりと浮かび上がる。

ソ連・中国の政権と日本の陰謀

独裁政権との交渉の利点は、「金」が物を言う事だ。日本は、ソ連中国に対し莫大な秘密資金を使って工作を行った。もちろん両国とも日本の陰謀体質を見抜いた。お互いに利用できるところは十分利用する関係だった。

この関係は、金持ちの放蕩息子と周囲の友人たちに例えればわかりやすい。放蕩息子は、間抜けなふりをして友人たちに金をばら撒き、自分の子分だと自己満足する。友人たちは金だけせしめて、大事なところは決して譲歩しない。この関係が、1964年10月の出来事を物語る。

日本型世論コントロール

日本は二種類の世論コントロールを行う。国内では、マスコミ報道を管理する。国外では、政府権力者を買収する。日本にとって世界支配は各国の権力者を味方に付けることであり、人類を味方に付けることではない。しかし、表面上民主主義を掲げている以上、日本国民の世論は重要だ。それは国民を大切に考えるからではない。民主主義は、外国政府権力者を味方に付けることと、外国の消費者に日本製品を売り込むための大事な看板だ。ここに奇妙な事件を捏造する理由がある。

日本国民に知らせたくない大事件

ソ連ボスホート1号打ち上げ、キング牧師のノーベル平和賞受賞決定、中国核実験は、それに該当する。これらの事件は、日本政府の工作活動により日付が設定あるいは変更された。巨額の資金が公式・非公式に動いた。何故、このような些細なことに巨額を投じるのか疑う人もいるだろう。だが、これは工作活動の重要なポイントなのだ。日本は後日、これらの権力者たちに、賄賂を暴露すると脅し、最後は大規模な不正を行わせる。最初の「わな」として、些細な買収は極めて重要だ。上記の事例は、まさにぴったりだった。

もちろん、日本国内のニュースをコントロールして、国民に情報が届かないようにした。私は当時子供だった。当時の他の重大事件はよく覚えているが、これらのニュースは記憶がない。

これらの事件は、それぞれ複雑な背景があり、後日述べる。

日本の国威発揚

日本は国威発揚のためには何でもする。金メダルの数では、日本は米国、ソ連についで第三位だった。当然上位二カ国には工作活動が行われた。米国では、大統領暗殺と日米衛星放送開始を絡ませた。ソ連では、オリンピック開催中にクーデターを起こさせた。

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  2008/8/11  #149

日本の陰謀 (93)

硫黄島の金メダリスト


1945年2月の 硫黄島の戦いは、日米間の戦闘で最も激烈なものだった。だが、今日振り返ると、両軍の戦闘には別の意味があったことが伺える。

戦争とは、不思議な人間活動だ。米軍は、日本との最終決戦を控えて、その困難性を世論に訴える必要があった。もし、硫黄島が簡単に陥落し、沖縄が降伏していたら、原爆投下は実現しなかっただろう。一方、日本は日本で、政府の中枢部・大本営が無傷で生き残るためには、戦闘の困難と無条件降伏を国民に受け入れさせる大事な戦い、「 トカゲの尻尾切り」だった。

日本軍は2万933名の守備兵力のうち2万129名までが戦死した。損傷率は96%にのぼる壮絶な激戦であった。 一方、アメリカ軍は戦死6821名・戦傷2万1865名の計2万8686名の損害を受けた。太平洋戦争後期の戦闘において、アメリカ軍地上部隊の損害(戦死・戦傷者数等の合計)実数が、日本軍を上回った稀有な戦いであった。

米軍は、毒ガスを使わなかったと言われる。しかし、事実上皆殺しの戦いでは、毒ガスを使うことは、全体の死者数を減らすことになる。しかも、毒ガスでなくとも、催涙ガスや煙での燻し出しなど、地下壕に潜む日本兵を燻し出すことは可能だったはずだ。火炎放射器などよりはるかに効果的だったはずだ。硫黄島の激戦には疑問点が多い。しかも評論家はそれらを避けている。

ここでも邪魔者が始末される

玉砕する日本軍の著名な軍人の中には例にもれず共通の傾向がある。それは、大本営の「邪魔者」だったことだ。邪魔者とは外国人に人気のある者だ。

硫黄島の戦いの指揮を執った栗林中将は、国際事情にも明るく対米開戦にも批判的だった。アメリカとカナダに駐在武官として駐在経験があり、陸軍の中では珍しい米国通だった。硫黄島で玉砕した。

ロサンゼルスオリンピック(1932年馬術競技の金メダリスト 西竹一は、バロン西(西男爵)と呼ばれ欧米、とりわけ上流階級の名士が集まる社交界で、また在米日本人、日系人の人気を集めた。後にロサンゼルス市の名誉市民にもなった。西は戦車第26連隊長を務め、硫黄島の戦いで戦死した。

1936年の ベルリンオリンピックでは、西は落馬し棄権した。この意外な落馬には主催国のドイツの選手に金メダルを譲るために日本が八百長を行ったという憶測が当時流れた。日独伊三国軍事同盟はこの年締結された。この疑惑は無理もない。ロサンゼルスオリンピックでは乗馬6種目でひとつのメダルも取れなかったドイツが、4年後全て金メダルを取ったのだ。日本は、昔から八百長を行っていた。

西の父 西徳二郎は、薩摩藩出身で日清戦争後の外務大臣を勤めた。中央アジアに日本の拠点を作り義和団事件の処理の際、西太后から大きな信頼を得た。

硫黄島北地区隊の副官として栗林司令部の防備にあたったのは、ロサンゼルスオリンピックで銀メダルを獲得した、 河石達吾だった。戦死した。

硫黄島とは直接関係ないが、日本人初のオリンピック連覇者となった鶴田義行を紹介する。オリンピック競泳平泳ぎでの連覇は、男女を通じて鶴田と北島康介の二人だけある。鶴田も海軍に召集されたが、生き残った。

鶴田は、金メダリストでありながら、何故か受けが悪く、もう一人の出場選手小池に遠慮するよう指示されるが、うっかり平泳ぎ二連覇を達成した。日本社会のいじめは悪質で、水泳界に属しながら、戦後の二人の人生は全く異なる。日本では、金メダルを取るべき人間も決まっている。

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  2008/8/13  #150

日本の陰謀 (94)

南オセチア紛争はロシア・フランスの嫌がらせ


北京オリンピックでは、ロシアとフランスが際立って不振だ。南オセチア紛争は、国内の注目をオリンピックからそらし、国民の不満を外国に向けさせるための両国の企てだ。

前回のアテネオリンピックで3位と7位の両国は、今回の北京オリンピックでは、8月13日現在、ロシアは金2で8位、フランスは金0で20位だ。フランスのサルコジ大統領は、紛争には全く関係ないのに首を突っ込む。両国ともメダル数では日本にさえも負けている。戦争などとは、こんなものだ。

オリンピック開会式のわずか14時間前に戦闘開始

8月7日現地時間午後2時(世界標準時8月7日午前10時)オセチア軍がグルジア軍陣地に砲撃を開始した。これは北京オリンピック開会式(世界標準時8月8日午前0時)のわずか14時間前だった。

日本の影

だが、ここにも日本の影がある。グルジアでは、日本の自衛隊特務機関員が活動する。 2002年8月、グルジアの北に隣接するチェチェン共和国の武装勢力に加わっていた日本人義勇兵(元自衛隊員)は、グルジア領内で拘束された。

ところで、ロサンゼルスオリンピック(1932年)馬術競技の金メダリスト西竹一については前項で述べたが、その父西徳二郎薩摩藩士だった。

西徳二郎は、明治維新から3年後、 ロシアペテルブルグ大に留学し、1873年から1880年まで、中央アジアを調査のために踏破した。ブハラサマルカンド西トルキスタンタシケントウイグル新疆を調査した。 目的は、スパイ・ネットワークの構築だった。グルジアにも立ち寄ったことだろう。

1877年、西郷隆盛西南戦争で国内を騒がしている最中、同じ薩摩藩士が中央アジアでスパイ活動を行っている訳だ。日本という国は本当に恐ろしい。

グルジアの南に位置するアルメニアは、日本にとって将来の対ロシア、対中央アジアの謀略の拠点だ。三浦和義の代理人弁護士マーク・ゲラゴスは日本にとって重要人物だ。

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2008/2/1   ##
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