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「私には夢がある・・・・・・。」すばらしい演説だった。
キング牧師(
マーティン・ルーサー・キング・ジュニア)は、1964年、アメリカ合衆国における人種差別反対の非暴力抵抗運動によってノーベル平和賞を受賞した。その後、ベトナム戦争反対運動にも立ち上がったが、ベトナム戦争が泥沼化して行く最中の1968年4月4日、遊説活動中のテネシー州メンフィスのモーテルのバルコニーで白人男性によって暗殺された。犯人は脱獄囚で、何らかの組織から犯人に仕立てられたことは間違いない。当然単独犯ではない。
このシナリオが極めて日本的だ。興味のある人はとことん調べると面白いと思う。
だが、問題はこの事件そのものではない。問題は、キング牧師の父、マーティン・ルーサー・キングだ。彼は日本の仇(かたき)だった。東條英機はこの人に殺されていた。
東條英機の処刑は米軍の処刑係が執行する手はずだったが、当時の日本人の狂人的な報復を恐れた米軍兵は誰も手を下そうとしなかった。最後の懺悔を聞くことになったマーティン・ルーサー・キング牧師(暗殺されたキング牧師の父)は、自ら死刑執行の綱を引くことを申し出た。東條英機を処刑したのは、キング牧師の父だ。この牧師は一躍有名になり、息子は父の名を継ぎ、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアと名乗った。
東條英機(東条英機)
昭和天皇からの信任が非常に厚かった臣下である。失脚後、昭和天皇から前例のない感謝の言葉(勅語)を贈られた。昭和天皇は、東京裁判時に親しい関係者に対し「戦犯の指定を受けたとは言え、国に忠義を尽くした国民の一人である。被告人として立たせるのは忍びない」と言われた。
昭和23年12月23日未明、巣鴨で絞首刑を執行された。米中ソの三国代表が立ち会い、陛下の万歳を三唱して台上の露と消えた。この時の処刑係は米軍のマーチン・ルーサー・キング軍曹、後の黒人運動家の牧師であった。
(注)キング牧師は父の名を継ぎ、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアと名乗った。親子の勘違いだと思われる。
これは、私がネット上や図書館の本で集めた情報だ。ネット上の多くのサイトは消えたり、混乱した情報を載せている。図書館の本も、そのタイトルを思い出せない。
私自身、この情報には自信がない。関連サイトを紹介できないからだ。もし関連情報があれば教えて欲しい。
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