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日本の陰謀 (28-3)
日本・パラオ親善の橋
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1944年、パラオで日米軍戦闘。両軍で1万3千名の戦死者を出す。
1947年、パラオは米国の信託統治領となる。
1977年、アメリカの援助を受けて、KBブリッジ(コロール・バベルダオブ橋、コンクリート橋)が韓国資本の建設会社 "Socio Construction" により、建設された。
なおこの "Socio Construction" 社は、1994年に崩落した韓国の聖水大橋(施工は韓国の東亜建設)に係わった会社として日本では知られているが、"Socio Construction" は韓国人出資によるパラオ共和国の会社であり、その関係性は不明瞭である。
KBブリッジ(ウィキペディア)
パラオKBブリッジ崩壊(半年で崩壊という根拠はない。写真以外、信憑性薄い)
1994年、国連による信託統治が終了。パラオは独立する。
1996年9月28日、KBブリッジは崩壊する。
1997年、日本のODAにより、鹿島建設が新KBブリッジ着工。
2002年1月11日、日本・パラオ親善の橋開通。
<< 疑惑 >>
1.日本語の数件のサイトがこの橋崩落事件を取り上げているが、ウィキペディアも解説するように、虚偽の内容を誇張して、韓国を中傷しており、はっきりと隠れた意図を感じる。日本には、このような歴史上の事件を歪曲し、それを文章化して既成事実にする事例は多い。日本史の中にも実に多い。あと30年もすると、これらのネット情報が歴史の資料となる。何故なら反証する情報が全くなくなるからだ。
私は、この関連情報から前回のトピで述べた聖水大橋(ソウル)崩壊事件を調べることとなった。
2.パラオは気候が温和だが、たまには強風も吹く。ネット上では最も近い観測地点のグアムのデータが得られる。先月グアムの最大風速は22メートルだ。これだけの強風が吹けば、当然に徐々に腐食が進行する橋は、強風・大雨の日に崩壊するのが自然であり、普段の天候で突然崩壊するのは、異常だ。
グアム島の気候データ(2007年7月)
2007年7月 グアム島の最大風速は、51mphで、これは、風速22メートルに相当する。
3.橋の名前ができすぎている。いくら小さな国でもここまで日本がでしゃばる必要はない。どんなに小さくても、どんなに貧しくても、国家には尊厳があはずだ。困った友人に援助をして、玄関に、「○○様友好の家」いう表札を掲げさせるようなものだ。
4.ウィキペディアも言うように、韓国の会社"Socio Construction"は30年も前の会社であり、根拠が確認できない。他にも虚偽の情報を操作しているサイトの情報であり、信憑性が低い。さらに、韓国の聖水大橋崩壊事件とは何の関係もないはずだ。
5.KBブリッジ崩壊前には日本のJICAが検査しており、日本の責任がないとは言えない。パラオ独立後に日本の影響力は大きくなる一方であり、この橋の崩壊もそれに大きく貢献している。
6.この時期、日本では世界最大のつり橋「明石大橋」など大型案件の建設ラッシュで、韓国の建設会社とも競合した。韓国の建設会社に追い越された工事案件も多い。日本には陰謀の動機がある。
ドバイが目指す世界一 800メートル以上の超高層ビル
7.ここでも橋崩壊の日は、米軍上陸作戦13日目の激戦の行われた日だ。
8.ちなみにパラオの国旗は日の丸に瓜二つだ。
評論家
名越二荒之助(ふたらのすけ)は、パラオの国旗は日本の国旗デザインを元にして月をイメージして作られたものであると主張する。これに対し、同国は公式にこれを表明したことはない、とする批判がある。しかし、パラオ国旗については、イナボ・イナボ政府顧問が名越と同様の話を日本での講演でしばしば行っており、また、他のパラオ人からイナボ・イナボ政府顧問と同様の話を聞いた日本人も多い。
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